きつね

Words by NUTS

「きーつーねー。あーそぼっ」「おキツネ様ぁ、あっそびっましょっ」
幾つもの声をいっぺんに浴びせられて浅い眠りから飛び起きる。「うぅん・・んゃぁ?」もぞもぞと起きあがり眠い目をこする。耳にこだまする蝉の声を見上げると、まぶしい木漏れ日の光がちらちらと顔に降りかかる。夏。
稲荷神社の境内からのぞき見下ろすとちょこちょこちょこん、と4,5人の子供たちが並んでこちらを見上げている。どこかの都会からおじいちゃんおばあちゃんのところに泊まりがけで遊びにきているらしい。何もない田舎の生活は彼らにとって相当に退屈なようだ。おキツネ様と遊ぶと楽しいと学習した子供たちはは、ここ数年、毎年田舎にいる間は一日も欠かさず神社にやってくる。
正直言っておキツネ様は彼らが苦手だ。一番の天敵はやんちゃ君。
なにやら得体の知れない物を捕まえてきては、昼寝中のおキツネ様の無防備な背中に突っ込んだりする。おかげさまで最近は何でもないのに背中がむずむずするような気がする。何かが襟元にほんの少し触れただけで「あきゃっ!」等と嬌声をあげて飛び上がってしまう。

そもそもやんちゃ君に限らず、子供達ってのはどう扱っていいか分からない。苦手意識があるのは自分が子供だからなのだろうか?と考えたりする。
「ねぇ、あーそーぼっ」「早くぅ」
「あ、、うん」
せかされてたぱたぱと階段を下りていく。
おキツネ様はこの神社を守っているキツネの神様。元々は普通のキツネだったのだけれども、いろいろとあって今は(一応)神様としてこの神社をまかされている。神様とはいうものの何が出来るわけでは無い。奇跡を起こすどころか料理ですらおぼつかない。クリスマスにためしに作ってみたケーキはみんなに煎餅だと認識された。
そのことを思い出すたびに落ち込んでしまう。
取り柄は明るい性格と年をとらないことですっ・・・って、取り柄が無いのと同じだよなぁ。わたし、どんくさいし・・・いろんな事失敗しないように気をつけているのになぁ。 等と考えていると、たちまち階段の途中で転んで(あぅっ)思い切りお尻をぶつけてしまう。子供達の笑い声。「これで3回目だよ。ばっかだなぁ〜」
ぐぅぅっと痛みで涙がこみ上げてきたりするが、心の中で、「けど、わたしお姉さんなんだし」と自分を励ます。
「あ、キツネ泣くぞ。きっと泣くぞぉ。」
そういうこと言うのはやんちゃ君に決まっている。
その声を皮切りにみんながわいわい好き勝手言い始める。
「あれ、すっげー痛ぇんだよ、きっと」
面白がっていっているんだから気にしない。からかって楽しんでいるんだから痛がって見せたらきっとよけいみんな喜ぶ。と思うと却ってなんだか自分がかわいそうな気がしてきて、また涙が出てきそうになる。

「だめだよぅ、みんな。 大丈夫?おキツネ様。」
助け起こしてくれたのはうさぎちゃん。大きな眼鏡のおさげの女の子で、いつもウサギのぬいぐるみリュックを背負っている。おとなしい感じだしみんなの中でも年下の方だけど、たまにおキツネ様は彼女のことをずいぶん大人だと感じる時がある。今もなんだかみんなからかばってくれたみたい。
涙を拭いてまじまじと眼鏡の中の瞳をのぞき込んでみるがうさぎちゃんはしゃがんで心配そうにこちらをのぞき込んでいるだけ。

「うん、ありがと。平気平気。」
立ち上がってうさぎちゃんと一緒に階段を一番下まで降りる。
やんちゃ君をじろりと一睨みして抗議の意を表してからうさぎちゃんの顔をのぞき込んで、「さ、今日は何して遊ぼっか?」と微笑みかける。
「ん?」
ぐるりとみんなの顔ものぞき込む。
あ、やんちゃ君また差がのびてる・・・。ちょっとドキンとする。
子供たちの中ではちょっと年上のお姉さんと言った地位を(かろうじて)築いているおキツネ様だが、背丈みんなと同じくらい。やんちゃ君なんかはおキツネ様より頭半分くらいは高い。それで「ちび」とからかわれたりもする。
背丈のことなんかを指摘されるとちょっぴり胸がちくちくする。結構気にしているのだ。おキツネ様は体つきは華奢だし、全体的になんだかちんまりしていて確かに相当に子供っぽい。ふさふさのきつね耳はただでさえ大きな頭をもっと大きく見せるような気がしてイヤだし、大きなしっぽも冬の一番寒い頃を除けばあんまり便利だと思った事は無い。

「どうする?、何をする?」

みんなに聞いては見るが、半瞬、やな沈黙が流れるのであわてて言葉をつなげてみる。
「高オニしよっか?」

やんちゃ君が不満そうな返事。
「え〜、何それ、俺知らねぇー」
「えぅ、っと、面白いよ。うん。やってみよう! 面白いぞぅ・・と」
いたたまれない沈黙が流れてめげそうになるけど、一生懸命ルールの説明をする。

「じゃんけんで負けた人がオニになるの。それでおいかけっこをするんだけど、高いところにいる人にはさわれないの。でも、じゅ、10秒数える間にその高いところから降りてこないとその人がオニになっちゃうの。」
「わかりませーん。」
「いちにさんしごろくひちはちくじゅうって早くいっちゃえばそいつのオニじゃん。」
「ねぇねぇ、高い所って?ねぇ、たかいところって?」
すぐさま子供たちから質問の質問が雨あられ。

「ぅにぃ〜」
パニックになって半分逃げ出したくなる所を踏みとどまって丁寧に丁寧に、
「えとね、だから捕まったらその人にオニが移るの」「坂になっているところは高いところにはならなくて・・。」
一通り説明をするだけでおおしごとである。

気づいてみればおキツネ様がオニ、目を瞑って100秒その場で数えてから始めることになった。「・・・はちじゅさん、はちじゅし、はち・・・」はたと気づく。果たして高オニに目を閉じて100数える必然性があるのかな?イヤな予感がするので急いで、それでも律儀にしっかり100まで数えて目を開ける。あたりを見回してみるとやっぱり誰の姿も見えない。「がぁ〜ん・・・・」誰も説明をちゃんと聞いてなかったのかなぁ・・・・。一生懸命説明したのになぁ。なんだか急に訳も分からず不安になるが、しょうがないのでみんなを捜し始める。

2時間経過・・・・
かなり真剣に探した自信はあるのだが、一人も見つからない。
なんだか空も暗くなってきて一雨来そうな感じだ。おキツネ様の気分も空模様と一緒で、泣きたくなってきた。何か、こう、元気になる歌を歌おうか、と思う。か細い声で、「青いそぉらはぁ、ぽぉけえっ・・・」等と歌い始めたが、誰かに聞かれると恥ずかしいかもしれないと思いしりすぼみになってしまう。

と突然。こらえきれずに吹き出してしまったという感じの笑い声が耳に飛び込んでくる。きょろきょろとあわてて見回してみるけどやっぱり誰もいない。
「本当に全然見つけられないんだな。ば〜っかだ。上だよ上。」
背伸びして見上げると一番大きな樹の張り出した枝のかなり上の方にやんちゃ君がまたがっている。
「危ないよぉ、そんな高いところ。降りてきなよ、え、と・・・・・」
名前を思い出そうとしたけどどうにも浮かんでこない。(いつも心の中でやんちゃ君って呼んでたからなぁ)

ひとしきり大笑いしてからやんちゃ君は降りてきた。
無事に地面に降りるまでおキツネ様は気が気ではなかった。

「あのね、みんなは僕が帰らせたの。それでも隠れていると思って本気で探してるんだもんなぁ。ふつう気づくよ。あーあ、面白かった。」

「そんっ・・!えぇ?」
言われてみればその通りで気づかなかったのもショックが大きいし、まずなにより考えがまとまらない。
「あのねぇ、、 」
(どうしてそんなにわたしをからかうの楽しいの?)と言う内容の事を言いたいのだけれど上手く言葉にならない。
「そんなの、見てて楽しいの?・・・あ〜・・・もうっ・・」
何かひどい言葉を言いたいのだけれども浮かばない。
「・・もうっ、だいっきらい。」
結局ずいぶんと平凡なところに落ちついてしまった。

「・・・・・・・・」
黙り込むやんちゃ君。
「どうしたの、なんか言わないの?」
なんか普段と様子が違って思い詰めた感じだ。
「ね、どうしたの?」

やんちゃ君は突然、ふいと振り返り「じゃね。」と手をふって歩き出してしまう。
「え? うん・・・・」肩すかしを食った感じだ。
「僕、明日家に帰るんだ。・・・それじゃ。」
何でやんちゃ君はこっちを向いて喋らないんだろう。
いつもと違って声もずいぶん小さいし・・・。
なんだか少し心配になる。近づきながら精一杯嫌味を効かせて言ってみた。
「どうせまた来年もいじめに来るんでしょ。」

と、急に怒ったような表情でやんちゃ君が振り返る。肩をつかまれて驚く程顔が接近した。胸元にでも何か入れられるのかとしゃがんで胸元をガードするおキツネ様。
「きゃーーー!」お耳は伏せ状態。
「〜〜〜! 別に嫌いだからいじめていた訳じゃなゆっ」
「・・ったっ」舌を噛んだらしい。
顔を上げてやんちゃ君を見上げる。夕焼日が背景になって野球帽をかぶったやんちゃ君の表情はよく分からない。
「・・・・謝ったぞ!」
振り返って駆け出すやんちゃ君。
立ち上がったおキツネ様は階段を駆け下りるやんちゃ君の夕日に染まった帽子を見送った。やんちゃ君がいつ何を謝ったのかよく分からなかった。

「それはね、やんちゃ君はおキツネ様の事が好きだったんだよ。」
くすくす笑いしながらうさぎちゃんが言う。真夏の昼下がりの境内。麦茶とスナック菓子を用意して女の子同士のおしゃべりだ。グループの中で夏休みに今でも神社に遊びに来ているのはうさぎちゃんだけだ。
今日は少し風もあるので日陰は結構涼しい。

「え〜、そうなのかなぁ?」
うさぎちゃんはずいぶん大人になったと思う。今日はピンクのリップをしている。
(うさぎちゃんがリップ・・初めてだ) 何となく自分の唇に指をあてる。

「案外鈍いのね、おキツネ様。長生きしているのに。」
こつん、と額をくっつけてくるうさぎちゃん。リンスのいい香り。トレードマークの大きな眼鏡は相変わらずだけど、うさぎちゃんは綺麗になった。もう、うさぎちゃんなんて呼べない。何となく恥ずかしくなって自分から顔を離す。
「分かっていなくないよ。」
少しいごごちが悪かった。うさぎちゃんの投げ出された両足が目の隅に入る。短パンから伸びている足はすらりと格好いいし、肌も白くて綺麗だ。

「そっか・・・」うさぎちゃんは可愛く苦笑する。

いつからうさぎちゃんはあんな表情できるようになったんだろう?
大人の表情だ、と思う。なんだかいごごちが悪い。

一昨年だったろうか?もっと前かもしれない。一年ぶりに会ったうさぎちゃんに、何して遊ぼうか、と訪ねたときのことを思い出す。「別に遊ばなくていいから、一緒にお話しよっ。」あのときに感じたわずかな違和感はこのいごごちの悪さだったのだろうか?

Tシャツの上からでもうさぎちゃんのスタイルの良さはよく分かる。引き締まったウェストがすごく格好良い。確か、水泳か何かをやっているとか聞いた。

自分のぷにぷにしたお腹とは大違いだと思う。
ノースリーブのうさぎちゃんの肩の上を薄い茶色がかった髪がさらさらと風にながれている。おキツネ様は着物のすそを引っ張って足を隠した。

「ん?、どうしたの」
「別に・・・・・、なんでもないよ」
「そう?」
うさぎちゃんはコップに残った麦茶を飲み干す。氷がグラスに触れてすすしげな音を立てる。

「あ、来た来た。」
うさぎちゃんは突然大声を上げて立ち上がった。
「こっちこっちー!」
うさぎちゃんの視線の先を見ると神社へと続く階段を見知らぬお兄さんが登ってきているところだった。
「へへー、びっくりさせようと思って黙っていたんだ。」
振り返っていたずらっぽい目でうさぎちゃんが言う。

お兄さんはこちらにやってきて境内の階段の途中に腰を下ろした。
なんか「スポーツマン」って感じの人だ。誰なんだろう。

「おぃっす。おキツネ様、久しぶり。元気だった?」
突然のことに事態が良く飲み込めないおキツネ様は曖昧な笑顔を返す。
「えぇ、はい・・・・」
うさぎちゃんがお兄さんと腕を組んでおどけて胸を張る。
「じゃーん、びっくりした? おキツネ様は凄く久しぶり何じゃない?浩樹君です。実は今私たちつきあってるんだ。」
「ははは、」照れ笑いをしながら頭を掻くお兄さん。

つきあってるということが具体的にはどんなことかおキツネ様にはよく分からなかったけど
「あぁー、優子ちゃん彼氏いるんだ。いいなぁ。」
無理して考えた台詞を喋る。

「あれ?おキツネ様、わかんない?俺だよ、俺。えと、なんだっけ?」
親しげな感じでうさぎちゃんにフォローを求める。
耳打ちするうさぎちゃん。ちくちく。
「あ、そうそう、やんちゃ君。やんちゃ君だよ。覚えて無い?」

「?・・・・え?、え〜!、あのやんちゃ君?」
思わず大声を上げてしまった。

あの「謝ったぞ」事件(?)以来、やんちゃ君はあまり神社に遊びに来なくなった。数年前にはうさぎちゃんからやんちゃ君は夏期講習か何かで忙しくて田舎には来れないと聞いた。それ以来やんちゃ君とは会っていない。

おキツネ様の最後の記憶のやんちゃ君はまだ子供だった。今はもうずいぶん違う。
背丈は倍くらい伸びたのでは無いかと思うほどだし、体つきも筋肉質になっている。「男の子」になっていた。髪の毛にも何かついていてビシッと決まっているし、ライムか何かの香りもする。服もなんていうのか、格好良かった。

「驚いた?格好良くなったでしょ。俺。」

驚いた。
なんか、あの小さかったやんちゃ君は、今はもう大きくなっていて、とても大人で、洗練されていて、全然ついていけない。
やっと言葉が出てくる。
「・・・・声、変わりましたね。・・」

「あれれ・・・、おキツネ様、やだなぁ敬語なんて。俺の声変わり知らないほど会ってなかったっけ?」
うさぎちゃんも意外だって感じの表情。
「あれぇ?おキツネ様ぁ。ひょっとして弘樹君とあんまり久しぶりなんで緊張してる?」 「そんなこと、、無いよ。」
とってもいごごちが悪かった。

「あぁっ、おキツネ様、さっき浩樹君がおキツネ様のこと好きだったって話をしたから意識しているんでしょう。」
「あ、優子、てめぇ、そんなことまでしゃべったのか!」

・・うさぎちゃんにも置いて行かれちゃったんだな、私。
いつからうさぎちゃんはうさぎのリュックしなくなったんだっけ?

「あ、ごめん、優子ちゃん、あたし用事あった。・・・・また明日ね。」
消えたかった。
「え? おキツネ様、どうしたの?」
「あたしみたいな子供となんか遊んでいる暇無いんじゃないの?」
何言っているんだろう私。
「何言ってるの?全然わからないよ。あ、待って!」

呼び止めるまもなく建物の中に(文字通り)消えていくおキツネ様。

「ありゃ。どうしたのかね?俺があんまりに格好良くて照れた?」
「馬鹿言ってるんじゃないの。ふざけてると怒るよ。」
うさぎちゃんが扉をたたいている。
「ねぇ、おキツネ様ぁ、どうしたの出てきてよ。話してくれないとわからないよ。」

「帰って!もう会いたくない!」
なんだ、私って結局子供じゃん。こんなことして。
自分で自分のやっていることが悲しくて涙が出てくる。

「・・・・・本気?私おキツネ様のこと親友だと思ってたよ。何でも話せる間柄じゃなかったの?だから浩樹君のことも最初に紹介しようと・・・」
「私、子供だもん。大人になりたくてもなれないもん。いつまでも仲良くなんて出来ないよ!」
「・・・・・・・そんなこと悩んでいたの?・・相談してくれればいいのに・・」
もう涙声でぐちゃぐちゃだ。
「相談したって仕方ないもん。だってどうしようも無いじゃない。」

「どうしようもあるだろ!」
突然大声で怒鳴られて、背筋がびくん、とのびる。
「浩樹?・・・・」うさぎちゃんもびっくりしたようだ。

「お前のなぁ、やってることわかってる? 好きな人に素直に接しておかないと後で後悔するぞ。・・・・・・経験者は語るんだ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「聞いてるのか、キツネ? 別に体がおっきくなるだけが大人になるってことじゃないだろ。今、この瞬間は成長のチャンスじゃないのか?出てきて優子と話ししろよ。」

「・・・・・・・・・・・・」
しばらくして、扉が「きぃ、」と小さな音を立てて開く。
照れくさそうな耳がひょこっと扉の影からのぞいた。

おキツネ様。
ご無沙汰しています。
お元気ですか?

やっと一段落したので今年の夏は遊びに行けそうです。
今から楽しみにしています。
取り急ぎ連絡まで。

PS.やんちゃ君もつれていきます
                 千田優子

なんだかおキツネ様はうれしそう。
「ふふ、そっか。やんちゃ君って千田って名字だっけ。」

(了)

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